らに由る | 自由とは

人生

自由とは

「自らに由る」と書いて「自由」と読みます
「自ら」 → 私
「由る」 → 物事の原因となる
つまり、自由とは「自らに由る」ものであり
何が起きても、どんな結果になっても、原因は自分にあるものとし
それを承知で、自分で決めてやりたいことをやり、
何が起きても、自分で責任を取ることです。

他由とは

これに対して「他由」とは
「上から言われたからやる」
「それが常識ならばそれ以上考えない」
「人の目が気になるから我慢をする」
といった感じで「他に由る」のです
「他に由る」生き方が、社会的に良しとされてきました。
考えなくても良いし、
組織が守ってくれるし、
悪いことは人のせいに出来て、
ある意味とっても楽なんです。

本当の「自由」な生き方

「自分に原因がある」とする生き方、「自分で決めて自分で責任を取る」生き方が本当の「自由」な生き方です。
やりたいことをやって、
良いことも悪いことも、
全て自分に原因があるとして
他人を原因にしない。
これが「自らに由る」生き方です。
自由な生き方は、他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意思や本性に従います。
そして自分の中にも「強制・拘束・支配」が存在します。
「〇〇したい!」という気持ちは自由意志に見えて、自分で自分に要請している状態です。
完全に自由な状態はこうした自分の中にある感情からも束縛を受けない状態です。
自分の肉体や心が様々な刺激を求めたとしても、それを意識的にも物理的にも切り離して、一切の束縛を受けない状態。「あらゆるものを手放した状態」が自由です。
楽より楽しさ
自分のやりたいことは必ずしも”楽”とは限りません
”楽”に打ち勝つより高度な「楽しさ」こそが、自由です。
自分の中にも「強制・拘束・支配」が存在します。
つかれた、めんどくさい、やるきでない、あとでやろう、と感情に支配された生活は自由ではありません。
時を忘れて夢中になれる、自分を成長させてくれる、心から楽しいと思える事をやれることが自由です。
いろいろな理由をつけサボるのではなく、素直にやりたいこと、心が満たされることをできることが自由です。
毎日訪れる今日という日の質を誇れる自由人でありたいと思います。

「自由」と「わがまま」の違い

自由と我儘(わがまま)との界(さかい)は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあります。
自分の中で完結させるのが「自由」であり、自分のために他人を虐げるようになったら「わがまま」です。
他人がどう傷付こうと自分の意志のままに、従わせることができている状況に酔って、それを「自由」だと勘違いしているのは我儘(わがまま)です。

「迷い」と「悟り」

自由を求める上で「迷い」が生じることもあるでしょう。
「迷い」と「悟り」は方向が違います。
心を外に向かって求めるのが「迷い」であり、
自分の内に求めるのが「悟り」です。
他人の言葉に振り回されると「迷い」ます。
自分の中に正しいものの見方を身につけると「悟る」ことができます。
「迷い」や「苦しみ」が生じても主体性を持って生きる。
「尊いこと」は、自分で正しく判断する。
自らの内に「正しく判断する力」を持つことが「悟る」ために必要です。
自分中心のものの見方ではなく、宇宙が正しいと思える信念を自分の中に持てるのであれば
心は揺るぎないものになります。
自分を信じる事ができなくて、解を外に向かって求めてしまうと、「迷い」が生じます。
自由を得るためには、内なる心を磨く必要があります。

没我

没我とは、「物事に熱中して我を忘れること。無私無欲になること」です。
なかなかこの境地までは達成できませんが、「没我」になる事ができれば幸せだと思います。

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