コロナウィルスの社会への影響について視点を変えて考えてみる

社会的な話題

コロナウィルスの社会への影響

コロナウィルスは社会にとんでもないマイナスの影響を与えていると考えますが、コロナウィルスは本当にマイナスの影響だけなのでしょうか?
コロナウィルスに感染して人が死んでいくのは、本当にお気の毒なことです。
コロナウィルスが爆発的に広がって、医療崩壊を起こしかけています。
医療崩壊して、もし自分が感染しても入院できないかもしれないと考えると、明日は我が身、「予防しなければやばい」と大きなリスクを感じます。

「コロナウィルスは悪である」これは世間一般に共通認識だと思います。
しかし、本当にそれだけでしょうか?
ここで逆転の発想をしてみます。
仮説として、「地球上の人口が増加しすぎた為、人口のバランスを取るためコロナウィルスが発生した」と考えてみる事にしましょう。
医療技術が進歩して、人は死ななくなり人口増加が続くとどうなるでしょう。
人類は生物資源を食べ尽くし、化石燃料を使い続け、地球温暖化は進み、ひたすら人類が増殖する事は善なのでしょうか?
もしかするとコロナウィルスは、地球上の生物バランスを取るために、発生したのではないでしょうか?
増えすぎた人類は、抑制されないと、地球上の生命のバランスが危うくなり、地球全体の生命体の存続が危うくなるのであれば、コロナウィルスはもしかすると地球上の正常を保つ上で善なのかもしれません。

人類が繁栄すること(増殖し続けること)が必ずしも善では無いと考えるならば、人口増加を抑制するコロナウィルスは善なのかもしれません。
もちろん、コロナウィルスで亡くなられた方はお気の毒です。
しかしながら、冷静に考えれば、人口増加が続いて良いはずがありません。
人間の命は、自然災害や病気や不慮の事故で奪われる事があります。
人の死について、理不尽に感じる場合が多いと感じています。
人類は次の世代に命を引き継ぎながら、種を存続させてきました。
新しい命に遺伝子を引き継ぎ、老いた命は死んでいくのは自然の摂理です。
人類は死と誕生を繰り返しながら、遺伝子を存続させています。
これはいわば命の新陳代謝です。
古い細胞が死んで新しい細胞に入れ替わらないと命は継続できないのと同じように、
人類は誕生と死を繰り返しながら、種を存続させているのです。
ただし、現代は医療も進み、寿命も長くなり、人口も増え続け、環境破壊が進み、人類以外の生命に危機的な影響を与えているのは間違いありません。

コロナウィルスは地球上のバランスを取るために必然的に発生しているのではないでしょうか?
だから、コロナウィルスによって多くの人は死ねばいいなんて思ってはいません。
だけど、人類だけが地球上で増殖し続ける事にも違和感を覚えます。
人口増加に対して人類として解決策は何も持っていないが現状です。
時にして神は理不尽に思える試練を人類に与えます。
そして自然や神に対して人間は無力です。
死はいつ来るかわからりません。
善人であってもコロナウィルスに罹れば死んでしまいます。
理不尽です。
でも、そこには人類があらがうことができない大きな力が働いているのではないかと思います。
ワクチンができてもコロナウィルスの変異続けて、ウィルスとの戦いは続くでしょう。
あらがうことはできません。
コロナウィルスの立場で考えてみると、コロナウィルスも生存の為、変異し続けます。
ワクチンができてもウィルスが生存するために、変異を続けて、ワクチンへの耐性を身につけて残り続けます。
よって地球上からコロナウィルスが無くなるのは難しいのではないでしょうか。

最近、コロナ関連のニューズは常態化し、人々は慣れてしまい、緊急時事態宣言も効果がなってきています。
これからどれだけ感染が拡大するかわからないですが、政策も報道も当たり前になり感覚が麻痺してきています。
コロナにより、全世界的に、明らかに人口減少に歯止めをかける自浄作用に誘導されている感じがします。
社会全体として感染が蔓延すると、個人の努力ではどうしょうもなくなります。
大きな力により、人口増加は抑制されようとしています。
その中で自分は生き残れるのでしょうか?
コロナウィルスに感染しても入院もできず、満足な医療も受けれず、肺機能が低下して酸素が体に充分供給されないで、自宅で孤独死してしまうのではないかと不安がよぎります。
ワクチンは2回接種しました。
マスクは必ずしています。
PCR検査も毎月受けています。
でもこの不安は何でしょう。
政府も信用できない。報道も信用でいない。不確かな情報が飛び交っています。
混沌とする社会の中で、拠り所もするところも無く生きていかなければなりません。
どうせ死ぬときは死ぬんだから、楽観的に生きるしか無いのかもしれません。
心配してもきりがありませんい。
たぶん、免疫が少ない老人や既往症を持っている人から死んでいくのでしょう。
社会的弱者から死んでいくのでしょう。
社会的弱者がいなくなると社会的負担が少なくなり、安堵する人もいるのでしょう。
自分もこの社会的弱者に含まれる年齢にさしかかり、淘汰される寂しさを感じています。
生物的な優生が無いものは死ねという「優生思想」が広がってきていますが、生物学的には自然なのかもしれません。しかしながら、自分を含めて淘汰される側の寂しさは計り知れません。

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