老いる | 人間は老いていつか死ぬ

人生

人間は老いていつか死ぬ

「散る桜、残る桜も散る桜」

良寛が残した「死」に関する俳句です。
生まれた者は、必ず老いて死にます。
若者も、毎年、年を取って、少しずつ死に向かっています。
生病老死は、人が避けられない四苦です。
日本では、特に「老いていくこと」「老人」にマイナスのイメージが強いと思います。
しかしながら、老人を馬鹿にしている若者も、いずれ老いて死んでいきます。

煉獄杏寿郎の生き様

「鬼滅の刃」で煉獄杏寿郎は、この様な言葉を残しています。

「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ」

煉獄杏寿郎は、人の命を喰らい、己だけが生き続けようとする「鬼」になることを拒みます。
そして、短いけれど信念を貫いて、「人」として生きていく事を選びます。
煉獄杏寿郎は、短い一生を、他人のために生き、戦い、死にます。
利己的な生き方をすることにより「鬼」になってしまいます。
利他的に美しく生きたいといった想いは、滅することなく受け継がれていきます。
煉獄杏寿郎の言葉は、信念を見失い、ただ自分の為だけに生きながらえようとする、利己的な合理主義への挑戦状とも理解できます。
鬼となり人を踏みつけて生きるのか、
肉体は死んでも、生きた証としての尊い魂を残すのかはあなた次第です。
老いるからこそ、死ぬからこそ、生きることは、たまらなく、愛おしく尊いのです。

老いると衰えるだけなのか

年を重ねると、筋力が落ち、視力が落ち、歯は抜け、容姿も衰え、記憶力も衰え、若いときのように自由に飛び回りたいのに、老いた身体に縛られ、身体的な自由を奪われます。
「できていた過去の自分」と「できない現在の自分」を比べ、気持ちが落ち込みます。
しかしながら、生理学的に老化しても、心は成長し続けることができます。

学んで得られるモノは「知識」です。
年を重ねて得られるモノは「経験」です。
「経験」は年月と共に蓄積されます。
「知識」と「経験」が合わさると「知恵」になります。
年を重ねて、良い「経験」を蓄積すると、「知恵」を得ることができます。

スターウォーズのヨーダは
Death is a natural part of life. 「死は生きることの一部だ」と言っています。

ヨーダにとって死は生の延長線上であり、分け隔てるべきものではないのです。
年老いてもなお、ヨーダの知恵は尊く、約800年に渡って訓練生たちを鍛え上げます。
ヨーダの言葉は、長く生きて、そこに知恵があるからこそ、深みがあるのだと思います。
年を重ね、知恵を付け、神に近づいていく事は、尊いことだと思います。
年を重ねても素敵な人は、良い経験を積み、内面が魅力的に成長している人です。
老いても、知恵は蓄積され、心は成長し続けます。

山登り

人生は「山登り」に似ています。
登れば登るほど息切れしますが、視野はますます広くなっていきます。
経験を積み、心を成長させ、高みに登れるならば、視野はますます広くなっていきます。

生きる意味

ドストエフスキーは、「最も残酷な刑罰を与えようと思ったら、無意味で目的のない労働を科すのがいちばんだ」と『死の家の記録』に書いています。
ナチスドイツがユダヤ人に行なった穴掘り拷問は、まず囚人に1日かけて大きな穴を掘らせ、そして次の日に前日に掘ったその穴を埋めさせ、それを毎日毎日繰り返すというものです。
囚人にとっては何の意味も無い過酷な労働がいつ終わるかわからない状態で毎日続く事で、囚人たちは精神的に参ってしまいます。
人間にとって「目的」「意味」「意義」「生きがい」は生きていく上でとても大切なことです。
人は、自分の存在が必要とされなくなった時、生きる意義が見いだせなくなった時、絶望を感じます。
花はなぜ咲くのか?
人が生きる上で、儚い命が生きている一瞬一瞬が生きる意味なのだと思います。
輝きのある「生」の為に生きる。
明確な答えは、永遠に探し続けるしかないのかもしれませんが、いずれ死ぬ儚い命だからこそ、その一瞬一瞬は尊いものだから、散る桜のごとく精一杯、美しく輝きたいと願って、生きるのだと思います。

生病老死の四楽

仏教では生病老死は四苦と言われますが、以下の様に視点を変えてみるのはいかがでしょうか?

  • 生:生は尊いものだから、この一瞬一瞬を、散る桜のごとく精一杯、美しく輝き生きる
  • 病:病気することで、生きる事が尊い事を学べたことに感謝する
  • 老:歳を重ねて老いていく中で経験し、知恵を得ていく事を喜ぶ
  • 死:死が近づくと天国に近づく。決して悲観するのではなく、やがて浄化される魂を慈しむ

スマートエイジング

来るべき死を見つめ、今を生きる。それがスマートエイジングの考え方です。
よく生きたければ、「死」を見つめることが必要です。
時間の経過とともに、経験を積み、魂を磨き、やがて「死」を迎える。
散ってしまった、過去の「時分の花」を振り返る、後ろ向きの生き方ではなく、
積極的に「まことの花」を咲かせようとする前向きな生き方がスマートエイジングです。
私たちが「まことの花」を咲かせることは、年齢を重ねるにつれて知識と経験を蓄積し、知恵を身に着ける事で、人生を豊かにしていくことを意味します。
スマートエイジングとは「老い」を「知的に成熟する人生の発展期」として積極的に受容するものです。

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